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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)59号 判決 1996年3月06日

東京都渋谷区幡ケ谷2丁目43番2号

原告

オリンパス光学工業株式会社

代表者代表取締役

下山敏郎

訴訟代理人弁理士

古川和夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

田中穣治

伊藤三男

花岡明子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第16361号事件について、平成5年3月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年5月20日、名称を「超音波診断装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(昭和56年特許願第76079号)が、昭和63年6月24日に拒絶査定を受けたので、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第16361号事件として審理したうえ、平成5年3月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)

挿入部の先端部に設けられ超音波振動子を内蔵した超音波送受信走査部と、この超音波送受信走査部の外側を包囲しかつ内部に超音波伝播媒体液を満たした膨張収縮自在なバルーンと、このバルーンの後端近傍に位置しかつ上記先端部の側面に形成された凹部と、この凹部内に被検体を照明する照明窓および被検体を観察する観察窓とを有し上記バルーンの一部が視野内に入るように光軸をバルーン側に傾けて配置された観察窓部とを具備したことを特徴とする超音波診断装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭55-94232号公報(以下「引用例1」という。)及び特開昭52-77493号公報(以下「引用例2」という。)の記載内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、同2の記載事項の認定(審決認定の引用例1、同2の記載内容を、以下、「引用例発明1」、「引用例発明2」という。)、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は、いずれも認めるが、相違点の判断は争う。

審決は、引用例発明1、2の技術的意味を十分に理解しなかったために、相違点の判断を誤り(取消事由1、2)、本願発明の効果が予測可能であると誤認(取消事由3)、その結果、本願発明が引用例発明1、2から容易に発明をすることができたものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点の判断の誤り(1))

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点、すなわち、挿入部の「先端部の側面の照明窓および観察窓を、本願発明では凹部を形成した上この凹部内に、バルーンの一部が視野内に入るように光軸をバルーン側に傾けて配置しているのに対し、引用例1ではこのような凹部と傾きの配置が採用されていない点」(審決書4頁19行~5頁4行)について、「引用例1記載の超音波診断装置の観察窓部につき、引用例2の内視鏡の観察窓の配置手段を適用して、バルーンの近辺が視野内に入るように、凹部を形成した上この凹部内に光軸をバルーン側に傾けて配置させるようにした点に、格別発明力を要する程の技術的困難性があるものとは認められない。」(同5頁16行~6頁2行)と判断しているが、誤りである。

審決が、このように判断した理由とするところは、引用例発明2の観察窓が、「先端部の先端のそのすぐ後の側面に凹部を形成し、この凹部内に光軸を先端側に傾けて配置されており、このように配置した観察窓でも、引用例1の装置の観察窓部と同様に、先端部の先端近辺が視野内に入り得ることになる」(審決書5頁11~15行)ことだけである。

しかし、引用例発明1は、先端構成部6の先端に設置した超音波振動子9の周りにバルーン14を設け、その後方に隣接して照明用光学系18を、また、その後方に観察用光学系19を並列的に設けた側視型のものである(甲第5号証図面第4図)から、照明窓と観察窓の光軸は平行であり、その観察可能な範囲は、照明視野と観察視野とが重なる部位であって、観察窓の光軸方向である先端構成部の側方に限られ、バルーンの一部を観察することは通常困難であり、視野を広くする等の手段を採ることにより見える場合があるにすぎない。

引用例発明2も、内視鏡の先端部に電球12等を配設し、その後方に内視窓を兼ねる負メニスカスレンズ1を、その光軸を電球12側に傾けて配置した構成であり、内視鏡の先端部すなわち照明光源の設置位置から側方の照明部位を観察するため、観察光学系を照明系の光軸側に傾けて設けた側視型のものであって、その観察可能な範囲は、照明窓の光軸方向である挿入部の側方に限られる。

したがって、審決が、上記のように、引用例発明2の観察窓でも、引用例発明1と同様に、「先端部の先端近辺」が視野内に入ると認定したことは、誤りである。

また、引用例発明2の観察光学系は、観察窓の光軸だけを照明窓側に傾け、両光軸が所定距離で交わるようにし、光源により最も明るく照明される面の中心に観察窓の光軸を合わせることにより、観察面が均等に明るく観察できるようにしたものであり、このような照明窓と観察窓の組み合わせに技術的意味のある発明であるから、引用例発明2のこの構成を引用例発明1に適用するとすれば、この組み合わせられた照明窓と観察窓の構成が適用されるべきである。

ところが、審決は、引用例発明1、2の技術的意味を十分に理解しなかったため、この照明窓と観察窓の組み合わせに技術的意味のある引用例発明2から、照明窓の配置手段とは切り離して、その観察窓の配置手段だけを取り出し、この手段を、引用例発明1の照明窓と観察窓の両方からなる観察窓部に適用して、本願発明の構成とすることが容易であるというのであり、明らかに理由不備というべきである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り(2))

審決は、また、「本願発明において光軸の傾けをバルーンの近辺でもバルーンの一部が視野内に入るようにして観察窓部を配置した点についても、引用例1の観察用光学系により超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させる旨の記載からして、当業者が必要に応じて適宜採択し得る程度のことと認められる。」(審決書6頁3~9行)とするが、誤りである。

前記のとおり、引用例発明1は、バルーンの一部を観察するものではない。

引用例1(甲第5号証)に、「超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させることができる。」(同号証11欄12~14行)と記載されているのは、その前提となる理由として、「先端構成部のバルーン近傍に観察窓を有する観察用光学系を設け左ので」(同11欄11~12行)と記載されているとおり、観察窓をバルーン近傍に設けたことにより、先端にあるバルーンに近い体腔部位が観察できることを指すに止まり、バルーンと目標体腔壁部とを同時に観察できることを意味するものではない。

被告は、引用例発明1でもバルーンが見られる可能性を否定することはできず、引用例1の上記記載から、バルーンをも見られる状態が最も有効であることは想起できると主張するが、これは、本願発明を知ったうえでの結果論であり、引用例1にバルーンをも見られる状態が示唆されているとするのは、現実の技術水準からみて飛躍がある。

したがって、審決の上記判断は、引用例発明1の技術的意味を十分に理解しないでした誤った判断である。

3  取消事由3(効果の予測可能性についての誤認)

審決は、「本願発明が効果とする凹部形成により観察窓部に体腔壁が接近又は密着することなく観察窓部の視野が確保できるという点については、引用例2の観察窓を凹部に配置したその構造に徴して、当業者が容易に予測し得る程度のことと認められ、また、バルーンの一部を観察窓部の視野内に入れることで、体腔内の状態を常に見ながら超音波診断を行つている部位を確認できる点についても、・・・引用例1の観察用光学系による超音波振動子の確実な位置付けに関する記載から・・・当然のことである。」(審決書6頁10行~7頁2行)とするが、誤りである。超音波診断装置は、内視鏡のように観察部を診断部位から離して見るのではなく、超音波診断中は、バルーンが診断部位に押し付けられて密着するため、超音波像だけではそれがどこの断面の像であるか判断できないが、本願発明では、バルーン後端近傍に形成した凹部に照明窓と観察窓との両方を配置したので、体腔壁が観察窓部(照明窓と観察窓)に密着して視野を遮ることがなく、バルーンの一部を観察窓の視野内に入れることができ、超音波による診断位置を常に見ながら、超音波診断を行っている部位を確認できるという効果を奏するものである。

本願発明のこの効果は、照明窓及び観察窓の両者が遮られることなく、ともに有効に働くことで可能となるものであり、観察窓の視野だけが確保されればよいとするものではない。

これに対し、引用例発明1がバルーンの一部を視野内に入れるようにしたものでないことは上記のとおりであり、引用例発明2の内視鏡は、凹部を形成して凹部内に観察窓を設置したというよりは、観察窓自体を傾けて先端部から突出しないように設置したとみるべきものであり、引用例2には、この観察窓が体腔壁に接触するのを防止するためである等の説明は一切ない。

そして、照明窓については、これを凹部に設置することを示唆するところは一切なく、引用例発明2の観察窓部は、体腔壁に極めて接近又は密着した状態では、照明窓が遮られて、観察窓部としての機能を奏さなくなるものである。

したがって、引用例1の記載と引用例発明2の観察窓が凹部に形成されていることだけを理由として、本願発明の作用効果を予測可能とする審決の判断は、誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

審決は、「このように配置した観察窓でも、引用例1の装置の観察窓部と同様に、先端部の先端近辺が視野内に入り得ることになる」(審決書5頁13~15行)と述べているが、この「先端部の先端近辺」とは、引用例発明2の内視鏡の先端部よりさらに前方と限定的な意味で用いられたものではなく、先端部の照明窓部分近くの部位を意味し、引用例発明1の場合ならば、バルーンの近くの部位を意味している。

本願発明において、バルーンの一部が視野内に入るとは、引用例発明1におけるバルーン近辺の部位について観察することに相当する。

その意義についても、本願明細書(甲第3、第4号証)の「被診断部位Aの位置決め、いわゆるオリエンテーリングを容易に行なうことができるとともに、被診断部位Aの表面の状態を常に把握して超音波診断を進めることができる。」(甲第3号証4欄38~41行)との記載内容と、引用例1(甲第5号証)の「超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させることができる。よつて、診断対象部分を直視して観察しながら、その奥の組織が超音波により診断され、総合した診断情報が得られる。」(同号証11欄12~17行)との記載内容との間に、実質的な差異はない。

したがって、引用例発明1の観察窓部に、引用例発明2の観察窓部の配置手段を適用して、本願発明の構成とすることは容易であり、審決の判断に誤りはない。

2  同2について

引用例発明1でもバルーンが見られる可能性を否定することはできず、引用例1の上記記載から、超音波振動子を体腔内の目標の位置へ確実に位置させうとすれば、観察窓から目標の部位が見えなければならないというだけではなく、超音波振動子を内蔵するバルーンをも見られる状態が最も有効であると、直ちに想起できる。

したがって、本願発明において、光軸の傾けをバルーンの近辺でもバルーンの一部が視野内に入るようにして観察窓部を配置させた点も、当業者が必要に応じて適宜採択できる程度のことである。

3  同3について

引用例発明2の内視鏡では、照明窓についてはともかく、観察窓が凹部にして配置されているのであるから、このように配置された観察窓が体腔壁に密着し難いことは、当然に察知できることである。そうすると、引用例発明1の観察窓部についても、引用例発明2のように、凹部への配置手段を採用したならば、体腔壁への密着をよりよく避けることができるであろうことは、容易に予測できることである。

本願発明の効果とするバルーンの一部を観察窓部の視野内に入れることで、体腔内の状態を常に見ながら診断部位を確認できる点は、このような構成とすることの当然の効果である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の判断の誤り(1))について

本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点が、審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

この一致点の認定の示すとおり、本願発明と引用例発明1とは、ともに超音波診断装置に係る発明であり、「バルーンの後端近傍に位置しかつ上記先端部の側面に被検体を照明する照明窓および被検体を観察する観察窓とを有し上記バルーンの近辺が視野内に入るように配置された観察窓部とを具備する」(審決書4頁15~19行)ものである。

そして、超音波診断装置においては、引用例1(甲第5号証)に記載されているとおり、精度のよい診断をするためには、「先端構成部に観察用光学系を設けて体腔内の目標診断部分の位置へ観察しながら確実に位置決めすること」(同号証4欄20行~5欄2行)が必要であり、そのためには、超音波振動子を内蔵したバルーンの後方に設けられた観察窓部からすると、前方上部に当たるバルーンが位置決めされるべき体腔壁部分を、バルーンの近辺とともに観察することが有用であることは、当業者にとって自明であり、これを実現できる構成を考えうことは、当然の技術的要請であると認められる。

このような技術的要請が本願出願前からあったのであるから、同じファイバースコープの技術分野に属する引用例2に接した当業者が、引用例2に開示されている技術手段、すなわち、内視鏡において、超音波振動子を内蔵するバルーンを位置決めするものではないが、観察窓より前方上部の体腔壁を観察するために、「内視鏡の先端部の先端に観察照明用のタングステン球、この先端タングステン球の後端近傍に位置し、かつ、側面に形成された凹部、凹部に被写体を観察する内視窓、先端の近辺が視野に入るように光軸を先端に傾けて配置された内視窓部」(審決書3頁12~17行)の構成を、引用例発明1の観察窓部に適用しようとすることは、当然に考えるものと認められる。

この引用例発明2は、内視鏡に係る発明であるので、超音波振動子を内蔵したバルーンが存在せず、内視鏡の先端部は、観察すべき体腔壁に密着しないように操作されるものであるから、照明用光源は内視鏡の先端部の先端に設けられ、観察窓は、光源部より後端近傍に位置する凹部に設けられた構成となっているところ、これを、引用例発明1の超音波診断装置に適用して、バルーン後方に凹部を形成し、バルーンが位置決めされるべき体腔壁部分をバルーンの近辺とともに観察するための光軸を傾けた観察窓を配置するとした場合、その部分を照明するための照明窓も同様に配置すべきことは、当業者が容易に採用できる手段であると認められる。

したがって、審決が、「引用例1記載の超音波診断装置の観察窓部につき、引用例2の内視鏡の観察窓の配置手段を適用して、バルーンの近辺が視野内に入るように、凹部を形成した上この凹部内に光軸をバルーン側に傾けて配置させるようにした点に、格別発明力を要する程の技術的困難性があるものとは認められない。」(同5頁16行~6頁2行)と判断したことに誤りはないというべきである。

原告の取消事由1の主張は採用できない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り(2))について

原告は、引用例発明1はバルーンの一部を観察するものではなく、また、バルーンと目標体腔壁部とを同時に観察できるものではない旨を主張する。

しかし、引用例発明1の後願であり、かつ、本願発明の先願として出願された出願人を引用例発明1及び本願発明と同じくする発明に係る特開昭57-93031号公報(乙第4号証)には、超音波診断部を内包したバルーンと観察窓部が引用例発明1と同じに配置された側視型の超音波診断装置につき、「観察窓25は超音波診断部9による超音波診断方向と同方向の観察視野範囲Cを有し、この観察視野範囲Cには上記バルーン7の一部が含まれている。すなわち、接眼部5から覗くとバルーン7の一部が見えるようになっている。」(同号証6欄16行~7欄1行)、「上記観察窓25の観察視野範囲Cは超音波診断方向と同方向であるとともに、この観察視野範囲C内で上記バルーン7の一部を目視することができるので、このバルーン7の位置を目安にして必要とされる被検体Dの検査部位に確実に超音波を発振してその診断を行なうことができるとともに、その検査部位の位置を容易に確認することができる。」(同9欄20行~10欄8行)と記載され、その図面第4図に、その観察視野範囲Cがバルーンの一部と被検体の検査部位に及んでいることが図示されている。

この事実によれば、原告が側視型という引用例発明1の構成によっても、観察窓部の配置位置からすると前方上部方向のバルーンが位置決めされるべき体腔壁部分が、バルーンの一部とともに観察できることは明らかというべきであり、引用例1の「超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させることができる。」(甲第5号証11欄12~14行)との記載は、この事実を踏まえて、記載されているものと推認される。

したがって、審決が、「本願発明において光軸の傾けをバルーンの近辺でもバルーンの一部が視野内に入るようにして観察窓部を配置させた点についても、引用例1の観察用光学系により超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させる旨の記載からして、当業者が必要に応じて適宜採択し得る程度のことと認められる。」(審決書6頁3~9行)と判断したことは相当である。

原告の取消事由2の主張も理由がない。

3  取消事由3(効果の予測可能性についての誤認)について

引用例発明2の側面に形成された凹部に観察窓を配置した構成においては、観察窓が体腔壁に密着し難いことは、当業者ならば当然に認識できることと認められる。

したがって、引用例発明2のこの構成を引用例発明1の観察窓部に適用すれば、超音波診断装置においても、凹部の存在によって、観察窓部の体腔壁への密着がよりよく避けられ、視野が確保できるであろうことは、容易に予測できることが認められる。

また、バルーンの一部が視野内に入るように光軸を傾けて配置すれば、超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させることができ、超音波による診断中の部位を目視できることは、その構成が奏する当然の効果であり、これを格別の効果ということはできない。

したがって、これと同旨の審決の判断は正当であり、原告主張の取消事由3は理由がない。

4  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他、審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第16361号

審決

東京都渋谷区幡ヶ谷2丁目43番2号

請求人 オリンパス光学工業株式会社

昭和56年特許願第76079号「超音波診断装置」拒絶査定に対する審判事件(平成3年4月24日出願公告、特公平3-29413)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和56年5月20日に出願されたものであつて、その発明の要旨は、出願公告後の平成4年1月28日付の手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「挿入部の先端部に設けられ超音波振動子を内蔵した超音波送受信走査部と、この超音波伝播媒体液を満たした膨張収縮自在なバルーンと、このバルーンの後端近傍に位置しかつ上記先端部の側面に形成された凹部と、この凹部内に被検体を照明する照明窓および被検体を観察1する観察窓とを有し上記バルーンの一部が視野内に入るように光軸をバルーン側に傾けて配置された観察窓部とを具備したことを特徴とする超音波診断装置。」

これに対して、当審において特許異議申立人富士写真光機株式会社が提出した本願出願前に頒布されたことの明かな特開昭55-94232号公報(甲第3号証)(以下「引用例1」という。)

には、可撓筒管の先端構成部に設けた超音波を発受信する超音波振動子、超音波振動子を流体密に覆う膨張収縮自在なバルーン、バルーンに隣接して照明用光学系、及び照明用光学系の隣側に観察窓などからなる観察用光学系を具備する体腔内検査用探触子が記載され、また、観察用光学系により、超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させることができ、超音波振動子の発受信により胃、腸などを走査して超音波診断することが記載されてる。同じく特開昭52-77493号公報(甲第4号証)(以下「引用例2」という。)には、内視鏡の先端部の先端に観察照明用のタングステン球、この先端タングステン球の後端近傍に位置し、かつ、側面に形成された凹部、凹部に被写体を観察する内視窓、先端の近辺が視野に入るように光軸を先端に傾けて配置された内視窓部を具備する内視鏡が図面と共に記載されている。

そこで、本願発明と引用例1に記載のものとを対比すると、

引用例1の「可撓筒管の先端構成部」、「流体密」及び「体腔内検査用探触子」は、本願発明の「挿入部の先端部」、「超音波伝播媒体液」及び「超音波診断装置」にそれぞれ相当し、また、引用例1のバルーンに隣接した照明用光学系の照明窓は、第4図からして、バルーンの後端近傍に位置し、かつ、先端構成部の側面に達する照明用光学系の端部を指すものと認められ、一方、本願発明の観察窓部とは、本願明細書の記載によれば、観察窓と照明窓などを指すものと認められるので、両者は、超音波診断装置に関し、挿入部の先端部に設けられ超音波振動子を内蔵した超音波送受信走査部と、この超音波送受信走査部の外側を包囲しかつ内部に超音波伝播媒体液を満たした膨張収縮自在なバルーンと、このバルーンの後端近傍に位置しかつ上記先端部の側面に被検体を照明する照明窓および被検体を観察する観察窓とを有し上記バルーンの近辺が視野内に入るように配置された観察窓部とを具備する点で一致し、前記先端部の側面の照明窓および観察窓を、本願発明では凹部を形成した上この凹部内に、バルーンの一部が視野内に入るように光軸をバルーン側に傾けて配置しているのに対し、引用例1ではこのような凹部と傾きの配置が採用されていない点で相違するものと認められる。

以下、前記の相違点について検討する。

引用例2の内視鏡は、前記のとおり、挿入部の先端部の先端に照明窓が設けられ、引用例1の装置の如く超音波振動子を内蔵したバルーンを設けたものではないが、その被検体を観察する観察窓については、先端部の先端のそのすぐ後の側面に凹部を形成し、この凹部内に光軸を先端側に傾けて配置されており、このように配置した観察窓でも、引用例1の装置の観察窓部と同様に、先端部の先端近辺が視野内に入り得ることになるので、本願発明において、引用例1記載の超音波診断装置の観察窓部につき、引用例2の内視鏡の観察窓の配置手段を適用して、バルーンの近辺が視野内に入るように、凹部を形成した上この凹部内に光軸をバルーン側に傾けて配置させるようにした点に、格別発明力を要する程の技術的困難性があるものとは認められない。

また、この際、本願発明において光軸の傾けをバルーンの近辺でもバルーンの一部が視野内に入るようにして観察窓部を配置させた点についても、引用例1の観察用光学系により超音波振動子を体腔内の目標の位置へ観察しながら確実に位置させる旨の記載からして、当業者が必要に応じて適宜採択し得る程度のことと認められる。

そして、本願発明が効果とする凹部形成により観察窓部に体腔壁が接近又は密着することなく観察窓部の視野が確保できるという点については、引用例2の観察窓を凹部に配置したその構造に徴して、当業者が容易に予測し得る程度のことと認められ、また、バルーンの一部を観察窓部の視野内に入れることで、体腔内の状態を常に見ながら超音波診断を行つている部位を確認できる点についても、前記のとおり、引用例1の観察用光学系による超音波振動子の確実な位置付けに関する記載から、バルーンの一部を観察窓部の視野内に入れることが当業者が必要に応じて適宜採択され得る程度のものである以上、当然のことである。

以上説示のとおり、本願発明は、各引用例の記載内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成5年3月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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